クラッシュ!HDDレコーダーメイド(第1回)

1.特売!メイドロボ(HDDレコーダー付き)

去年の秋のこと。
2006年10月からではじまる京アニkanonに備えて、ハイビジョン放送を録画できる機器を探しに、アキバの量販店を物色していた。
ハイビジョン録画が可能な機器といえば最近競合機種が増えて安定供給されはじめてきたHDDレコーダという選択肢が魅力的だった。


さっそく店員をつかまえる。
「いらっしゃいませお客様。どういった物をお探しで?」
「ハイビジョン録画ができるHDDレコーダ探しているんだけど」
容量やチューナ数などの細かいスペックも一緒に伝える。
「お客様の要望を満たす商品はこういったものになりますが。」
店員がスペックに近いものを各社数機種ほど見繕ってくれた。
「いっぱいあってよくわかんねーな。どこのメーカーのも同じじゃねぇか。なんかこう奇抜なデザインのやつとかないの?」
「お客様、実はとっておきのものがございまして」
なんだあるじゃないか。意外に早く出てきたな。もう少しもったいつけられるのかと思ったけど。
「ささ、こちらへどうぞ」
奥の部屋へ通された。その部屋の中心には白い布に覆われた物体が置かれている。
「お客様、ここは秋葉原でございます。秋葉原といえば近頃はめっきり電気街というよりオタクの街となってしまいました。昔の電気街を知るものにとっては悲観するものが多いのですが、中にはオタク文化との融合を図ろうと試みたものもございまして」
店員は白い布を一気にはぎ取った。
「自律思考型メイドHDDレコーダーでございます」
確かに・・とんでもなく奇抜なデザインであるが・・なんじゃこりゃ?


店員が言うにはこういうことらしい。
メイドロボといえばマルチだが、ToHeartが発売されたのは1997年のことなので、すでにあれから10年も経過していることになる。
当時ToHeartをやり込んだ世代は10年も経てば、就職もして今では働き盛りだ。会社でも要職を任されるようになっており、商品の企画・開発においても重要な位置を占めているのだ。
つまりは、ToHeartをやり込んだ世代のオタクが就職して10年も経って社内で発言力を持ってしまい、ついにやらかしたという構図だ。
類は友を呼ぶというべきなのか、意外にも多くの賛同者や協力者が現れて、プロジェクトは成功を収めるのだ。
しかしながらただのメイドロボでは企画会議は通っても市販化となると市場規模もわからないものではリスクが高すぎて、経営会議は通らなかったらしい。
そこで、最近競争が増しているHDDレコーダに機能を強化して、HDDレコーダとしてメイドロボを売り出すことになったらしい。
多少経緯に無理があるようにも思えるが、粗大ゴミの中から突如意志が生まれて動き出したり、宇宙人や未来人や超能力者がメイドロボを作ったというよりはまだ説得力はありそうだ。
そもそも、メイドロボを誕生させる必然性を日常に当てはめること自体、無理がありすぎるということなのだろう。


話を戻そう。
こいつはHDDレコーダーとしての機能はもとより、メイド機能については相当の自信があるらしい。出荷前にはアキバのメイド喫茶でトレーニングを受けているらしい。
見た目にはロボットだと気づかないそれは、外見で区別するためにアレと同様に耳のパーツがアンテナになっているのだが、メイド喫茶ではコスプレだと容易に勘違いしてくれたのだろう。
よく見りゃアンテナに型番が書いてあった。
『HDX-12』
1号機から11号機までの存在が激しく気になったが、聞いたら負けなんだろうな。


「経緯はわかった。でもなんで店頭に出さないんだ?」
「置く場所がございませんので」
納得。普通のHDDレコーダのサイズとこれでは大きさが違いすぎる。
「だが、それは購入者にも言えることじゃないか?少しは日本の住宅事情とか考えたらどうなんだ?」
「もちろんでございます。可能な限りダウンサイジングを行っております」
確かに標準的な成人女性のサイズより小さい。ミもフタも無いが、ロリメイドロボと表現した方が的確だ。
どうでもいいが、日本人にロリコンが多いのは、潜在的に日本の住宅事情に対する意識が働いて標準より小さめな対象を追い求めているに違いないと思うのだが。そして最終形態は脳内で済ませてしまうわけだ。
だが・・ロリメイドは開発者の趣味だろう・・
そして俺は、これの開発者と趣味が合うかもしれない・・
「それでお客様ご購入の方はいかがいたしますか?」


その後のことはよく覚えていないのだが、数日後、自宅に荷が到着していた。


開梱して、電源を入れると控えめなハードディスクの駆動音とともに、初期設定モードに移行した。
「はじめましてご主人様。このたびはお買いあげありがとうございます。これから初期設定を開始しますので、接続を確認してください。」


アンテナ設定、チャンネル設定、時刻設定、画面設定を順番にこなし、初期設定が完了する。
「お疲れ様でしたご主人様。これで初期設定を終わりです。これからよろしくお願いします。」
メイドらしく甲斐甲斐しい言葉で完了を告げる。


「それでご主人様。私はなにをすればよろしいのでしょうか?」
さっそく仕事を求めてくる。
こいつの仕事は地上デジタルやBSデジタルのハイビジョン番組の録画と、アナログも含めた衛星放送の録画になる。
10月からはじまるkanonをハイビジョン品質で録画することが最優先で、あとはWOWOWの無料放送やBSデジタルで放送される地上アナログの再放送などである。


ひとしきり当面の仕事内容について説明をすると。
「おまかせくださいご主人様」
元気な返事が返ってきた。


「ご主人様。まだ10月までは日にちがあるので、テストでなにか録画してみてもよろしいでしょうか?」
「そうだな。でもあまりたくさん録るなよ。消すの面倒だから」
「了解しました。それでははりきってお仕事しますね」
仕事は気に入ってくれただろうか。なんにせよテスト録画だなんてけっこう気が利くようだ。


数日後、機嫌よさそうに俺に話かけてきた。
「ご主人様、この間のテスト録画ですが、たぶん録れてると思うのでチェックしてもらえますか。」
そういって、自分をテレビに接続して番組の再生を開始しはじめた。
・・・。
「どうでしょう。ご主人様?」
テスト録画したのはデジタル放送では定番のきれいな景色がただ流れるだけの映像だった。

「ウチにはすこぶる似合わないコンテンツだなぁ」
「申し訳ございません。ご主人様の好みがまだよくわからないので。出荷前テストではこういう映像をよく録っていたので。自信あるんですよ。」
その自信はうちの場合はあまり役に立たないのだが・・どうせアニメしか録らないのだから。
まぁせっかく録ってくれたので映像をチェックしてみる。


「・・なんか変だぞ。これ本当にハイビジョンか?」
「確かにハイビジョン番組でしたよ。EPGで確認しました」
「ちょっとオンスクリーン出してみてくれ」
すぐさまオンスクリーンで録画情報を出してくれる。
「おい、これHD録画じゃなくてSD録画になってるぞ。せっかくのハイビジョン放送でもSDで録ったら意味ないだろう」
「はぅー。申し訳ございませんご主人様。私ったらなんてミスを・・」
ありがちといえばありがちなミスなのだが、さっきこういう番組の録画が得意だと言ったばかりじゃないか。
こいつにはドジっ娘回路も搭載されているのか?マルチ世代のエンジニアの考えることはよくわからん。


先ほどまでのご機嫌がうってかわってシュンとしてしまった。
「まぁ・・事前にわかってよかったじゃないか。そのためのテスト録画だったんだし。本放送でしっかり頼むぞ」
「ありがとうございますご主人様。次は失敗しないようにしますね」

2.初仕事

「ご主人様、いよいよですね」
今日はkanonの第1話の放送日。木曜深夜1:00ちょっと前。
HD録画のテストも済ませ、事前に放送日と放送時間を確認し、録画予約も済ませてある。あとは放送が始まるのを待つばかりだ。
第1話ということもあり、リアルタイムで放送見ながら録画に備えることにした。


そしていよいよ放送が始る。
アバンタイトル名雪が駅前で祐一を待つシーンである。
「はぁー、ご主人様、このアニメきれいですね」
「ああ、あいかわらず京アニはいい仕事をするな。おまえにもわかるのか?」
「ご主人様の好みを知るために勉強したんですよ」

あれ?でも、なんかおかしいな。
「・・ってオイ!おまえ、録画ランプはどうした?点いてねぇぞ」
「ちゃんと録画予約したから録れてるはずですよ。毎週木曜日の1時ですよね」
「ばかもん、1時になれば曜日が変わるから金曜日だ」
深夜アニメの録画予約では基本である。
「はぅー。どうしましょう。えーっといそいで予約変更ですね」
「おちつけ。予約変更はあとでいいから今すぐ手動で録画するんだ」


なんとか手動で録画できたが、アバンタイトルがすっぽり抜けてしまった。
「ごめんなさいご主人様・・またやってしまいました」
「もういい。そんな顔するな。ほら、そろそろCM明けるから一緒に見るぞ」
「はい、ご一緒します」
ドジっ娘回路は取り外しできないものだろうか。

3.ひでこ

初仕事からしばらく経ち、あいつは録画の仕事を順調にこなしていった。


そんなある日のこと。
「ところでご主人様。私には名前はないのですか?」
「おまえ家電だろ?うちじゃ電子ジャーや冷蔵庫に名前なんか付いてないぞ」
「いつまでも『おい』とか『おまえ』じゃ不便じゃないですか?なにか名前付けてくださいよ」
確かに不便といえば不便かもしれない。
「名前ねぇ・・」
すぐにはいい名前が思い浮かばないものだ。シナリオライターが名前を考える苦労がちょっぴりわかったような気がする。
「そういうおまえはどんなのがいいんだ?」
「萌え萌えなのがいいですよね。『るり』とか『りこ』みたいな感じで。」
なんだ、それでいいじゃないか。
というか、自分で「萌え萌えな名前」って、変な言葉を学習しやがったな。
やっぱりそういうアニメばっかり録画してるからなんだろう。不憫なやつ・・
「じゃあ『るり』でいいだろう」
「そんな・・私が考えた名前じゃなくて、ご主人様がちゃんと考えてくださいよ。」
「そうは言ってもなぁ・・そうそうすぐに思い浮かぶようなもんでもないだろう」
考えていたら、ふと目に留まった文字がある。
「そうだ。おまえの名前は『ひでこ』だ」
「えー、『ひでこ』ですか。ひょっとしてHD録画とかHDDレコーダだからという理由じゃないですよね?」
惜しい!それに加えて「ビデオ」もかかっているぞ。
「じゃあ、『翠星石』とか『水銀灯』みたいに『回転盤』とかどうだ?」
「それってハードディスクのことですよね?かっこわるいです。」
まぁ呼ぶ方もめんどくさいから却下だ。
「そんなことを言うなら『咲玖耶(さくや)』とか『蒼依(あおい)』みたいな中二病患者が付けそうなな名前にするぞ」
「あ、それいいですね。かっこいいです。」
こっちがよくねぇよ。
「なぁ『ひでこ』でいいじゃないか。デコキャラみたいでかわいいぞ」
「そんなこと言ったって、私デコキャラじゃないですよ。」
「馬鹿・・何おまえデコキャラを期待している読者を裏切るようなことを言ってるんだ。そんなの言わなければわからないだろうが。」
「そういうご主人様はデコキャラ属性ないじゃないですか」
こいつ、俺の趣味まで学習してやがる。なかなかあなどれん。
「とにかくおまえは『ひでこ』だ。反論は不許可だ」
「しくしく・・でも、ご主人様がせっかく考えてくれた名前ですから。大事にします」
ちょっぴり罪悪感。でもまぁ納得してくれたみたいだからいいだろう。
「でも『咲玖耶』がよかったなぁ。」
やはりあなどれん。