クラッシュ!HDDレコーダーメイド(最終回)

ひでこの修理が完了した。
1週間程度の予定だったが、ちょっとだけ予定をオーバーして、ひでこが帰ってきた。


開梱して、電源を入れると控えめなハードディスクの駆動音とともに、ひでこが起動した。
「はじめましてご主人様。このたびはお買いあげありがとうございます。これから初期設定を開始しますので、接続を確認してください。」
購入時と同様に初期設定モードである。
「おい、ひでこ。帰って早々なんの冗談だ?メーカーでそういう機能を追加してくれたのか?」
「初期設定を開始しますので、接続を確認してください。」
「おい、悪ふざけにもほどがあるぞ。」
しかし、ひでこはやめようとしない。
確認してみたところ、アンテナ設定、チャンネル設定、時刻設定、画面設定その他もろもろの設定が初期状態になっている。
調整の過程でクリアされてしまったのだろうか、初期設定モードから頑として次に進もうとしないので、ひでこの冗談につきあって、面倒な初期設定を済ませる。
「お疲れ様でしたご主人様。これで初期設定は終わりです。これからよろしくお願いします。」
「さあ、ひでこ。初期設定してやったんだから冗談はもうおしまいだ。ちゃんと直ったんだろうな。また今日からバリバリ働いてもらうぞ」
「・・あの、ご主人様・・『ひでこ』とは誰のことでしょう?」
「『ひでこ』はおまえの名前だろう。B-CASカードに自分で名前を書いたじゃないか。」
ひでこが里帰りする前に預かっていたカードを返す。
「ご主人様、カードに落書きをされては困ります。」
「何を言っているんだ・・名前が気に入らなかったことを今でも根に持ってるのか?おまえも意外としつこいな。」
「・・すいません。何のことなのかよくわからないのですが・・」
「ひでこ・・おまえ記憶はどうしたんだよ。・・そうだ、おまえが半年かけて毎週録ってくれたアーカイブだ。インデックスも入れてくれたやつ。あれを出してくれ。」
「ご主人様、さきほど初期設定を終えたばかりです。録画されている番組はありません。」
帰ってきたそれのHDDは文字通り初期状態で、データのようなものは一切記録されていなかった。
一気に血の気が引いた。


修理伝票が入っていたことを思い出し、あわてて確認する。
伝票には次のように書かれていた。

HDD不具合のため、交換させていただきました。
各部動作確認実施済みです。
交換部品:HDD×2台

ハードディスク不良って・・どういうことなんだ!?
ひでこを調整に出すときは不具合はあったが、リセットすれば問題なく動作していたのである。
半年間の毎週コツコツと録り貯めたインデックス入りのアーカイブの方が価値があるのだ。不良品だからといって新しいハードディスクに入れ替えて初期状態のものをもらっても意味がない。
メーカーは自分たちの責任の範囲として壊れたHDDの交換を実施したのだろう。メーカーにしてみればただの部品かもしれないが、HDDには購入してからの持ち主の労力とさまざまな思いが込められているのだ。
HDDの交換作業のとき、ひでこはどんな思いだったのだろう。完動品の製品と引き替えに、ひでこは自分の記憶を喜んで差し出したのだろうか。
あるいは交換に抵抗したのだろうか。半年かけて毎週録り貯めたアーカイブはなにものにも代えがたいものであるということはあいつにも言い聞かせてあった。ひでこもそれも承知していた。


あいつの記憶は今どこにあるのだろう・・
調整なんかに出すんじゃなかった。不具合はあったが、フリーズしたらリセットしつつだましだましつきあっていけばよかったんだ。
完動品なんか欲しくない。不具合が多くても元気に家を出て行ったひでこでなければ意味がないのだ。


しかし、何をいったところで、ひでこはもういないのだ。
なるべく早く帰ると元気に出ていったひでこは帰ってこなかった。たくさんの思い出と共に。


<〜第一部完〜>